受戒会(じゅかいえ)が行われました

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去る5月23日、名古屋の徳源寺に於いて、受戒会が厳修されました。愛知西教区(尾張)の各寺院の檀信徒が合わせて約300人ご参加頂きました。真福寺では檀家総代の方4名に参加して頂きました。ありがとうございました。(24日も開催されましたので総計では約600人でしょうか?)

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(会場となった名古屋の徳源寺)
(現在はこの徳源寺の住職が、妙心寺派の管長を務められています)

さて、受戒(じゅかい)とは「仏教徒としての戒(いましめ)を受ける」儀式です。今回は妙心寺派の管長猊下がお越しになり、このように管長猊下に直接お導きを頂けるのは数十年に一度くらいの珍しさだと思います。

具体的に何をする儀式かというと、まず管長猊下や説教師の法話を聞いて戒について学び、日常の生活態度を見つめ直すことから始めます。次に懺悔をするお経、仏様の名前を称えるお経、先祖供養のお経などを唱え、さらに礼拝をすることによって身と心を清らかにします。全ての儀式が終わると、管長猊下より受戒の証として「戒脈」というものを授かります。

簡単に説明しましたが、実際には丸一日がかりで儀式を行いますので、夏のような気温の中で長時間のお勤めをされた檀信徒の皆様は本当に尊ぶべきだと思いました。

さて、管長猊下の法話の中で印象に残っている言葉を紹介させて頂きます。

『「自分のため」と考えてばかりいると欲が尽きなくなる。「他人のため」と思えば、自分の成長になるし、周囲の人に良い影響を与えるようになる。』

日本人は争いを起こさず柔和に社会生活を送ってきましたが、これは仏教と付き合う中で倫理観を自然と身に付けているからとも言えます。時代の流れも影響してか「自分のため」と言う人が増え、仏教の言う理想から遠ざかりつつあるような気がします。いまいちど自身の行いについて振り返ってみてはいかがでしょうか。

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(写真中央の、緋色の衣を着ているのが管長猊下です)

お寺が、人として大切な道徳を伝える存在であり続け、社会の中で拠り所としてもらえるためにも精進し続けていきたいと思った次第です。 合掌

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